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名古屋地方裁判所 昭和60年(行ウ)25号 判決 1988年1月29日

原告

林功

右訴訟代理人弁護士

渥美裕資

被告

愛知県人事委員会

右代表者委員長

山田義光

右訴訟代理人弁護士

大場民雄

右訴訟復代理人弁護士

深井靖博

右指定代理人

梅村幹雄

外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

被告が昭和六〇年八月五日付でなした原告の昭和五九年七月一〇日付要求にかかる勤務条件に関する措置の要求を認めないとの判定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  答弁

(本案前の申立)

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対する答弁)

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は昭和三七年四月一日愛知県教育委員会から愛知県立明和高等学校教諭に任命され、同五六年四月一日以降は愛知県立松蔭高等学校教諭として勤務していたものである。

2  本件休日勤務及び旅行命令

(一) 原告は、前記松蔭高等学校(以下「松蔭高校」という。)における昭和五九年度の将棋囲碁クラブの正顧問をしていた昭和五九年四月一四日、同校校長杉田荘治(以下「杉田校長」という。)から、同年五月五日名古屋市中区三の丸三丁目の株式会社中日新聞本社において開催される愛知県高校将棋連盟主宰の第二一回東海三県高校将棋大会(以下「本件将棋大会」という。)への生徒の引率指導(以下「本件引率指導」という。)を命ぜられた。

(二) 原告は昭和五九年五月五日、杉田校長の右命令に従い、将棋囲碁クラブの顧問として本件将棋大会に臨み、同日午前八時三〇分から午後四時三〇分まで八時間、本件引率指導をした。

(三) そこで原告は、昭和五九年五月一〇日杉田校長に対し、休日勤務手当の支給を求めたところ、同校長はこれに応じられない旨答えた。ただ、同年六月一六日原告に対し、教員特殊業務手当(特殊勤務手当に関する規則三九条)五二〇円が県費から支給されている。

(四) また、本件引率指導は杉田校長の命令で行なつたものであるから、「職員等の旅費に関する条例」(以下「旅費条例」という。)により、これに要する旅費は県費から支給すべきところ、同校長はその支給手続をしない。

なお、同年六月一六日原告に対し、PTA会計から交通費として四八〇円が支給されている。

3  本件措置要求の申立

原告は、本件引率指導に関し、昭和五九年七月一〇日付で被告に対し、地方公務員法(以下「地公法」という。)四六条に基づき次の二項目を内容とする措置要求の申立てをした。

(一) 休日勤務手当八時間分として二万二九五二円を支給すること。

(二) 旅費を県費で支給すること。

4  本件判定

これに対し、被告は、本件措置要求事項(一)については、「国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(以下「給特法」という。)及び義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置条例(以下「給特条例」という。)により、教員の給与については時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しないこととされているとして、また、本件措置要求事項(二)については、本件引率指導は原告が自主的、自発的に行なつたものであり、杉田校長が原告に旅行命令を発したことを認めることは出来ないとして、右措置の要求を認めない旨の判定をした。

5  本件判定の違法

しかしながら、本件判定は以下にのべるとおり、審査手続に違法があるうえ、判定内容においても法律、条例の解釈を誤り、事実の認定と評価を誤つた違法があるから取消されるべきである。

(一) 審査手続の違法

(1) 原告は、昭和六〇年二月一九日、本件措置要求の審査に関して訴外懸田敏晴、同墨総一郎、同瀬尾公彦、同鷹羽富美子、同伊藤洋子を原告の代理人に選任し、同日その旨の代理人選任届を被告に提出した。

しかるに、被告は、同年二月二一日右代理人選任届の受取りを拒否する旨を通知してきた(以下「本件受取拒否処分」という。)。

(2) しかしながら、本件受取拒否処分は次の理由で違法である。

(イ) 職員の措置要求について規定した地公法四六条は、職員の措置要求に対し、内容的には勿論手続的にも適性に判定がなされるべきことを職員の権利ないし法的利益として保障したものである。

従つて、措置要求者は、民法六四三条により措置要求の審査について代理人を選任することができる。なお、昭和三二年三月一日自丁公発第三二号自治省公務員課長回答も同旨である。

(ロ) 即ち、社会生活が高度化、複雑化するに従つて、各個人は法的自治の拡張、補充として他人の経験、知識を信頼、利用して、何等かの事務の処理を委ねることが不可欠となり、そのために委任による代理の制度が存するのであるが、措置要求手続は複雑で高度の法的知識等をも要するため、措置要求者は、単独で措置要求に関する自己の権利を必ずしも十分に行使できず、これに対する他人の知識、経験が有効に働くことがしばしば生じるのである。本件においても、複雑な法律問題とその前提としての事実関係が争われているところであつて、代理人が認められてしかるべきである。

一方、被告は措置要求手続について規則制定ないし処分をなす権限を有することは確かであるが、右のような代理人選任権を排除すべき合理的理由はなんらないのであるから、措置要求手続において被告が代理人を認めないのは裁量権を逸脱しており、違法との評価を免れない。

(ハ) 以上のとおり、措置要求者である原告には代理人選任権が存するところ、原告は被告のなした本件受取拒否処分によつて右選任権を侵害されたものであり、従つて、原告の代理人選任権を侵害し、代理人を認めないままになされた本件措置要求の審査手続には重大な手続的瑕疵が存するから、終局の処分である本件判定も違法であつて取消しを免れない。

(二) 法律解釈の誤りと事実誤認

(給特条例七条の限定四項目の範囲をこえて休日勤務をしたことに対する給与の請求について)

(1) 国立及び公立の義務教育学校等の教育職員については、給特法、給特条例三条により、教職調整額の支給がなされるとともに、職員の給与に関する条例(以下「給与条例」という。)一五条の時間外勤務手当、同一八条の休日勤務手当の適用が排除されるとされているところであるから、同条所定の割合での割増賃金を請求することはできない。

(2) しかしながら、右給特条例三条が教職員に対し時間外勤務手当、休日勤務手当の適用を排除したことの正当性は、労働基準法との整合性及び給特条例七条が正規の勤務時間外の勤務については限定四項目に限つて例外的に時間外勤務、休日勤務を命じることができるとしている教職員の時間外勤務、休日勤務に関する法制度を前提としてのみ根拠付けられるべきものである。従つて、給特条例七条の予定する右四項目以外の場合について、校長の命令によつて教職員が時間外勤務等に従事した場合は、給特条例が予定した範囲を越えて労働がなされたことになり、当該教職員は、正規の勤務時間内の労働に対する対価としての給与の支給を定めた給与条例三条の給料としての手当(賃金)を請求できるものというべきである。なお、給与条例三条は「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例(以下「勤務時間条例」という。)第三条に規定する勤務時間による勤務に対して」と規定するが、これは右に述べた通常の勤務の対価としての給与の支払いを定めた趣旨であるので、給特条例の予定外になされた時間外勤務の場合も、現実に勤務がなされた以上これに準じるものとして右に含めて解釈すべきである。また、かかる解釈においてのみ給特条例は労働基準法と適合し、適法性を維持しうるのである(仮に被告の主張でいけば、使用者が違反して時間外労働を命じた場合には、使用者には制裁のない一方で教職員に対し時間外に無償労働を強いることを許容することになる。)。

右のとおり、給与請求の根拠条例は給与条例三条であるから、給与条例主義にも反しない。

(3) そこで問題とすべきは、事実上の拘束力を持つ時間外勤務が命じられたかということであるが、時間外勤務命令がなされたといえるためには、これが一定の形式ないしは明示的、積極的になされることを必ずしも要せず、教員の本来の職務の範囲に属することがらについて事実上の拘束力をもつた指示がなされたという事実関係が認められれば足りるというべきである。運動クラブの大会及び練習試合の付添いにおける時間外勤務についての判決(津地裁昭和四九年六月六日)は、「クラブ活動は学校の特別教育活動として生徒の自発的な活動を助長することをたてまえとし、右活動は常に教師の適切な指導が必要であり、」「他校との練習試合、クラブ合宿等は教師の勤務時間外に行わざるを得ず、それらがクラブ活動として必要かつ有益なものである限り、同試合参加の生徒の引率、付添およびクラブ合宿指導等は教師の職務に属するというべきであり、校長は右引率、付添、クラブ合宿指導等をいずれも承認している事実が認められるから、右練習試合の引率、付添い、クラブ合宿指導等は校長がいずれも命令したものということができる」旨を判示するところである。

(4) これを本件引率指導についてみると、次のとおり杉田校長の時間外勤務命令が存したというべきである。

(イ) 本件将棋大会は、愛知県高校将棋連盟が主催する大会であるが、右連盟は、高校校長がその立場として会長に就任するものとして運営されており、唯一権威的な高校の将棋クラブの組織である。そして右大会は右連盟が主催し、将棋クラブの交流試合としては規模、伝統等からみて最も権威的な大会で、並行してクラブ顧問会議が開催されている。なお、他校の生徒と試合をなし技量をためしたり交流をなすことが運動クラブの対外試合同様、高校のクラブ活動として必要かつ有益であり、大会参加の教育効果を高め事故防止等のためには教師の適切な付添指導が右活動に必要であることはいうまでもない。

(ロ) 本件将棋大会の開催通知は、連盟より松蔭高校校長宛になされ、校長、教頭の決裁のうえ原告に手渡され、その際原告は記録簿に受領印を押捺しており、原告は右通知の受領にともない、クラブの対外試合付添いにおける従来の扱い(必ず教員の付添いがなされる。)に従つて本件将棋大会の引率指導をなした。

(ハ) 本件引率指導について校長からの具体的な命令は存しなかつたが、クラブ員の生徒が参加する対外試合については必ず顧問が付添うという従来からの取扱いがあり、とりわけ本件将棋大会では顧問会議が並行して開催されるのであるから、通知を受け取つたことにより、原告は引率指導について事実上拘束力のある指示を受けたというべきである。

クラブの対外試合の引率指導等のクラブ顧問の仕事が、各学校において事実上拘束力をもつて教育の勤務時間の増大につながつている事実があるため、労働組合(愛知県高等学校教職員組合)も部活動の問題を実態として超過勤務と把え労働条件の改善をめざしているが、このことからも付添いが教員の自主的判断で好意で行くというものでないことが明らかである。

また、当時松蔭高校においては、クラブ顧問就任は事実上義務となつていたし、杉田校長は当該年度の職員会議等において、年に数回程度の対外試合付添いは当然であり最終的には職務命令も出せる旨述べており、こうした事情も本件将棋大会の連絡が、義務的な引率指導の指示であつたことを裏付けるものである。

(ニ) 以上のとおり本件将棋大会に当たつては、昭和五九年四月中旬ころ、杉田校長より原告に対し、事実上拘束力のある引率指導命令がなされ、原告はこれに従つて、同大会に参加し、本件引率指導をして右の間休日勤務をなしたものである。

(旅費の県費負担について)

(1) 昭和五九年四月中旬、杉田校長より原告に対し、事実上の拘束力のある本件将棋大会への引率指導命令がなされ、同大会が名古屋市中区三の丸所在の中日新聞社本社で開催されたことは前記のとおりであるから、右命令は当然開催地までの旅行命令も含まれていることは明らかである。被告は給特条例七条を根拠に職務命令を発しえないことになつているから職務命令としての旅行命令も発せられなかつたという。しかし、クラブ活動の引率指導が、職務か否かの問題は、使用者に対し禁じている時間外勤務が現実的には法的に強制力と評価される態勢でなされていることが問題なのであつて、「発しえないことになつている」ことを指摘しても何ら理由とはなりえない。被告も自認するとおり「教員が部活動に係る対外運動競技等のため旅行した場合の旅費は、それが公務即ち校長から命じられた業務によるものであれば職員等の旅費に関する条例に基づいて県費で支給されるものであり」、クラブの引率指導であつても泊を伴う場合には県費負担があつたということであり、その区別は曖昧であつたのだから、事実問題として強制力ある引率指導命令の存した本件においては県費旅費が支給されるべきものなのである。

(2) なお、旅行命令簿への記載は、旅行命令の有無及びこれに基づいてなされた旅行の内容等を明確にしておくため、旅行命令権者に対し履践を求められた手続であるにすぎず、命令の効力要件ではないのである。

二  被告の本案前の主張

1  原告の本訴請求の趣旨は、本件判定が行政処分であることを前提にして、その取消しを求めるというものであるが、そもそも人事委員会の判定は、殊にそれが金銭に係るときは、第三者的機関としての見解の表明として勧告的なものにすぎず、法的拘束力を有せず、原告の旅費及び給与の請求権の存否に消長を及ぼすものではない。従つて、旅費や給与の支払いに関して不服のある者は、当事者訴訟によつて直接金銭の支払いを請求すべきであり、それをもつて足りるのである。この意味で本件判定は抗告訴訟の対象となり得る行政処分ではなく、本訴は不適法である。

2  原告は、職員が人事委員会に対し意見の発表を要求できる権能は、一種の個人的権利である旨主張するけれども、国家公務員法八七条が措置要求の判定について「一般国民及び関係者に公平なように、且つ、職員の能率を発揮し、及び増進する見地において、事案を判定しなければならない」旨規定し、判定が「公平」と「公務能率」の見地から行われるべきであることを明らかにしているところ、地公法には同旨の規定は存しないものの同法における判定も同様の見地から行われるべきであることからすれば、措置要求に対する人事委員会の判定は、人事委員会が職員の勤務条件の実態及びこれを取り巻く社会的・経済的諸情勢を勘案しつつ、公務能率の発揮・増進のために行う行政監督的作用に過ぎないものである。

従つて、人事委員会の判定によつて、結果的に職員が有利な法的地位に立つことがあるにしても、それは反射的な利益に過ぎず、法律上保護された権利ないし利益には当たらない。

三  本案前の主張に対する原告の反論

原告は、本件措置要求の申立に対する人事委員会の判定が、第三者的な機関としての見解の表明として勧告的なもので、請求権の存否に直接の効力を及ぼすものでないことを争うものではないが、人事行政の専属的管轄機関である人事委員会が、法律の規定に基づき正規の手続で意見を表明した場合には、この意見の表明がない場合に比して職員が法的にも一層有利な地位に置かれることは否定できないところであつて、かかる効果を伴う意見の発表を要求し得る法的地位を職員に認めた以上、この意見の発表を要求し得る職員の権能は、一種の個人的権利と解することができ、右意見の発表を違法に拒否する委員会の決定は、右の個人的権利を害する意味において、違法な行政処分と解さざるを得ないのであつて、かかる違法な判定(行政処分)の取消を求める本訴は適法である。

四  請求原因に対する認否

請求原因1は認める。

同2の(一)中、原告が昭和五九年度の松蔭高校の将棋囲碁クラブの正顧問をしていたこと、本件将棋大会が開催されたことは認めるが、杉田校長が本件引率指導を命じたことは否認する。同(二)中、原告が本件引率指導をしたこと(但し、原告が実際に引率指導をしたのは、午前九時から午後四時三〇分までの七時間三〇分である。は認めるが、これが右杉田校長の命令に従つたものであることは否認する。同(三)中、原告が杉田校長に対して休日勤務手当の支給を求めたが、同校長がこれを断つたこと、原告主張のとおりの特殊業務手当が支給されたことは認めるが、その余は争う。同(四)中、同校長が旅費の支給手続きをしないこと、原告主張のとおりPTA会計から交通費の支給がなされたことは認めるが、その余は否認する。

同3(本件措置要求の申立)は認める。

同4(本件判定のなされたこと)は認める。

同5の前文は否認する。同5の(一)の(1)は認める(但し、代理人選任届を受け取れない旨の通知は処分ではない。)。同(2)は争う。同5の(二)の(1)は争う。但し、給特法、給与条例等に原告主張のとおりの規定のあること、原告に本件将棋大会の開催通知が渡されたこと、杉田校長が、原告及び生徒が同大会に参加することを承認したことは認める。

五  被告の主張

1  本件審査手続において被告が代理人の選任を認めなかつたことにはなんら違法の点はない。

(一) 原告が主張する私的自治の拡張、補充としての代理制度の意義は、私法関係には妥当するものの、公法関係に直ちに妥当するものではない。公法関係において代理人が認められるか否かは、代理人に関する規定が存在するか否か、当該行為の性格などを具体的に勘案して判断されなければならない。

(1) しかるに、地公法は代理人の選任についてなんらの規定を置いていないうえ、措置要求の審査手続については、人事委員会規則で定める旨規定している(同法四八条)ところ、被告が右規定に基づき制定した「勤務条件に関する措置の要求に関する規則」(以下「措置要求規則」という。)には、代理人の選任に関する規定が存しない。

一方、被告が不利益処分の審査手続について制定している「不利益処分についての不服申立てに関する規則」(以下「不服申立規則」という。)は、代理人の選任及び権限についてそれぞれ明文をもつて規定している(同規則三条、四条)ほか、被告が公立学校の学校医、学校歯科医及び学校薬剤師の公務災害補償の審査請求手続等について規定している「公務災害の審査の請求に関する規則」(以下「災害補償請求規則」という。)の二条一項五号にも、代理人の選任に関する規定を置いている。

これらの規則を比較対照すれば、地公法は、措置要求については代理人を認めない趣旨である。

(2) また、措置要求者が十分に措置要求手続を遂行できるよう保障するという見地から実質的にみても、措置要求者に代理人を認める必要は存しない。

即ち、不利益処分の審査手続において代理人を認めているのは、同手続が司法手続に準じて対審構造による口頭審理の方式が採られているため、専門的知識、技術が必要となる場合が多いこと、口頭審理の場においては、不服申立人が職制上自己の上位にある処分者と相対立するため、これが不服申立人に対する圧迫となる虞れがあることなどによるものであり、公務災害補償の審査手続において代理人を認めているのは、審査請求人が遺族であつたり、あるいは災害によつて傷病の状態にあるという特殊性があるためである。

これに対し、措置要求の審査手続は対審構造によるものではなく、職員であれば誰でもできる極めて簡単なものであり、かつ、公務災害補償の審査手続のような特殊性もないため、代理人の必要性もないのである。

のみならず、措置要求の審査手続においては、「措置の要求を行う職員……その他事案に関係があるものの出頭を求めてその陳述を聞き、又はこれらの者に対し資料の提出を求め、その他事実調査を行う」ことが主眼となるものである(措置要求規則四条)。いわば、要求者その他関係者「本人」の生の声を聴くのが重要なのであり、代理人によつて代替できるものではないのである。

2  本件判定に法律、条例の解釈適用の誤りも、事実誤認の違法もない。

(休日勤務をしたことに対する給与の請求について)

(一) 職員の給与に関する条件を定めた給与条例三条の「給料」と、同一五条の「時間外勤務手当」、同一八条の「休日勤務手当」との関係については、一般に給与条例のなかに、給料、時間外勤務手当、休日勤務手当の規定があるときは、時間外勤務ないし休日勤務を行つたときは、給料ではなく時間外勤務手当、休日勤務手当の請求しかできないものと解すべきである。しかるところ、給特条例三条三項によれば、原告のような義務教育諸学校等の教育職員については、給与条例一五条の時間外勤務手当、同一八条の休日勤務手当の規定の適用はないとされているのであるから、原告には時間外勤務手当、休日勤務手当の請求権の発生する余地はないのである。従つて、同趣旨の本件判定は正当である。

(二) しかるに、原告は、教員については右給特条例三条三項により給与条例一五条の時間外勤務手当、同一八条の休日勤務手当の請求のできないこと及び本件引率指導が給特条例七条二項所定の業務にも当たらないこと、更には、杉田校長から原告に対し、本件将棋大会への生徒の引率指導を具体的に命じられたことがないことも認めながら、本件引率指導は条例の予定しない正規の勤務時間外の勤務をしたことになるから、給料に準じた対価を支払えというのである。

しかしながら、かかる請求は、地公法二五条一項が「職員の給与は前条第六項の規定による給与に関する条例に基いて支給されなければならず、又、これに基かずにはいかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならない。」旨、地方自治法二〇四条の二が「普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基く条例に基かずには、これを第二〇三条第一項の職員及び前条第一項の職員に支給することができない。」と規定していることと真つ向から衝突し、主張自体失当である。

(旅費の県費負担について)

(一) 職員の旅費の支給に関しては旅費条例が存し、旅費条例三条一項は、職員が出張した場合には当該職員に対し旅費を支給する旨を規定し、同二条一項五号によれば出張とは職員が公務のため一時在勤公署等を離れて旅行することをいうものとされ、更に同四条一項は、旅行は旅行命令権者の発する旅行命令によつて行わなければならないと規定し、同条四項によれば、旅行命令を発するには旅行命令簿に当該旅行に関し必要な事項を記載しこれを当該旅行者に提示して行わなければならないとされている。

(二) しかるに、原告の本件引率指導は、公務としてなされたものではないうえ、杉田校長は旅行命令を発していないし、旅行命令簿への記載もなされていない。原告は自らの判断で本件引率指導を決め、生徒に参加申込書を郵送させているのである。従つて、本件判定が、旅行命令権者による旅行命令がないから、県費による旅費を支給すべきものではないとしたのは正当である。

第三 当事者双方の証拠関係<省略>

理由

(本案前の主張について)

被告は、本件判定が抗告訴訟の対象となる行政処分ではないから不適法である旨主張するので判断する。

原告から本件措置要求の申立がなされ、被告が本件判定をしたことは当事者間に争いがなく、措置要求に対する人事委員会の判定が勧告的意見の表明にすぎず、法的拘束力を有するものでないことは、被告主張のとおりである。

しかしながら、地公法四六条の措置要求制度は、同法が職員に対し労働組合法の適用を排除し、団体協約を締結する権利を認めず、争議行為を禁止し、労働委員会に対する救済申立の途を閉ざしたことに対応し、職員の勤務条件の適性を保障するため、職員の勤務条件につき人事委員会または公平委員会の適法な判定を要求しうべきことを職員の権利ないし法的利益として保障する趣旨のものと解すべきである。そうすると、そのような職員の権利ないし法的利益の回復は、被告の主張するように単に当事者訴訟により旅費、手当等の金銭の請求をすることによつて解決されうるものでないことも又明らかというべきである。従つて、職員の措置要求の申立を違法に却下した場合に右権利の侵害となるのはもとより、右申立に対し実体的審理をしてこれを棄却した場合においても、適法な手続により適正な判定を受けるべきことを要求できる権利を侵害したことになるから、これら判定は、取消訴訟の対象となる行政処分というべきであり(最高裁判所昭和三六年三月二八日第三小法廷判決民集一五巻三号五九五頁参照)、本訴は適法である。

(本案について)

一請求原因1の事実、同2の事実中原告が昭和五九年度の松蔭高校の将棋囲碁クラブの正顧問をしていた当時、本件将棋大会が開催され、原告が本件引率指導をしたこと(但し、実際に引率指導した時間については、原告被告間に若干争いがあるが、原告本人尋問の結果により、午前八時三〇分から午後四時三〇分までの八時間と認めるのが相当である。)、原告が杉田校長に対して休日勤務手当の支給を求めたところ、同校長はこれを断つたこと、また、同校長は県費による旅費の支給手続もしていないこと、但し、原告主張のとおり特殊業務手当、PTA会計から交通費の支給がなされたこと、同3、4の事実(本件措置要求の申立、本件判定のなされたこと)は当事者間に争いがない。

二原告は、本件判定はその審理手続に原告の代理人選任届の受取りを拒否した違法があるから取消されるべきものである旨主張するので判断する。

そこでまず、地公法四六条の勤務条件に関する措置要求及び審査手続に代理が認められるか否かについてみるに、地公法上はこの点に関して明文の規定を置かず、同法四八条において人事委員会又は公平委員会は(以下本件に則して「人事委員会」について論ずる。)措置要求及び審査、判定の手続について規則で定めなければならない旨規定し、具体的手続の制定を人事委員会に委任しているところ、右規定に基づき被告が制定した措置要求規則及びその細則には、代理に関する規定は何も定められていないところである(成立に争いのない乙第一号証)。一方、地公法四九条以下の不利益処分に関する不服申立てについても、同法五一条において人事委員会はその手続等について規則で定めなければならない旨規定し、前同様具体的手続の制定を人事委員会に委任しているのであるが、これに基づき被告が制定した不服申立規則の三条、四条には代理人の選任及び権限に関する規定が置かれ(同乙第二号証)、その細則には代理人選任届の様式も定められている(同乙第二号証)。このほか、被告が公立学校の学校医、学校歯科医及び学校薬剤師の公務災害補償に関する法律に基づき、審査の請求に関し必要な事項を定めた災害補償請求規則の二条一項五号にも、代理人の選任に関する規定が置かれている(同乙第三号証)。

ところで、法律が右のようにその審査手続等について規則の制定を人事委員会等に委ね、人事委員会がこれに基づき規則を制定している場合においては、同規則が法律により委任された範囲を明らかに越えているとか、法律の規定が憲法上の基本的人権に抵触しているなどといつた特別の事情の認められない限り、人事委員会の制定した規則は有効であつて、審査手続等はこれに従つて進行されるべきものと解される。

そこでこれを本件についてみるに、被告制定の右諸規則を比較対照すると、その規定の文言、体裁等からして、前記措置要求規則が審理手続に代理人の関与を認めない趣旨であることは明らかであり、そのことが地公法の前記措置要求に関する規定に反しているとか、憲法上保障された原告の基本的人権を侵害しているといつた事情も認められない。

これに対し、原告は、現代社会において私的自治の拡充が不可欠であることとか、措置要求手続に複雑高度の知識経験が要求されることなどから、地公法上措置要求手続について、措置要求者(申立人)には代理人の選任権が保障されている旨、仮に明文をもつて定められていないとしても、その権利の重要性からして被告がこれを認めないのは裁量権を逸脱している旨主張する。確かに現代社会における代理の意義、重要性は原告主張のとおり理解できるところであるけれども、さりとて、憲法あるいは法律等の上で、行政上の申立等について代理を認めるべき旨を定めた規定の存しない場合に、一般的に、右のような代理の意義、重要性から、直ちに措置要求者等に代理人の選任権が憲法あるいは法律によつて保障されているとの結論を導くのは、論理の飛躍があるといわざるをえないし、制度目的、審査判定の効果、構造の点から、地公法によつて措置要求と不利益処分に対する不服申立てとを比べてみても、後者が申立人に課せられた個々具体的な不利益処分の適否を審理判断し、その効果も直接申立人に及ぼすものであり、従つて審理手続を司法手続に準じて処分権者との対審構造による口頭審理の方式が採られなければならないとされているのに対し、前者は要求者に課せられた個々具体的不利益処分の適否の審理判断というよりは、要求者を含めた職員の勤務条件一般の当否を審理判断することに主眼があるともいえるものであつて、判定の効果も前記のとおり意見の表明と勧告にあり、従つて、もともとそのような対審的構造を採らなければならないものとはされていないことが看取されるのであつて、地公法上、措置要求の審理に代理人の関与を認めるか否かは人事委員会の自由裁量に任されていると解するほかないものである。なお、前記公務災害補償に関する法律に基づく審査要求についても、被告主張のとおり、措置要求とは異なつた代理を必要とする特別の事情が認められる。のみならず、成立に争いのない乙第一〇号証の一ないし一六によれば、原告は、本件措置要求の審査において、被告から事情聴取の機会を与えられたが、代理人が認められなければこれに応じないとの考えから、その機会を放棄し、そのため、原告は被告に対し口頭で自己の意見を開陳することはできなかつたものの、書面によつて一応の意見は伝え、これに対して被告は関係者から事情聴取するなどして審理をした(なお、制度的にこれらの者に対して反対尋問権が保障されているわけではないことは前記のとおりである。)うえ、後記のとおりの経緯で本件判定に及んだものであり、実質的にも代理人が認められなかつたことにより原告の措置要求の権利の存否に直接影響を及ぼすことはなかつたことが認められるのであつて、こうした事実に照らすと、被告人事委員会が措置要求の審理に代理人の関与を認めない旨の規則を制定したことも、又これに従つて原告からの代理人選任届を受理しなかつたことも何ら裁量の範囲を逸脱した違法の点はないというべきである。

右のとおりであるから、原告のこの点の主張は採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

三原告は、本件判定には、休日に勤務したことに対する給与の支給に関しては、給特法、給特条例、給与条例の解釈を誤まり、また、県費による旅費の支給の点では事実の誤認がある旨主張するので判断する。

(休日に勤務したことに対する給与の請求について)

1  前記乙第一〇号証の一によれば、原告は本件措置要求において、労働基準法三六条、三七条に基づいて時間外勤務手当、休日勤務手当の請求をしていることが認められるのであるが、本訴において原告の主張するところは、給与条例三条の給料に準じた給与の請求権があるというのであつて、二つの主張は法令上の根拠を異にするものである。しかしながら、原告の主張は帰するところ、原告が休日である昭和五九年五月五日(土)に、校長から給特条例七条所定の限定四項目の範囲をこえて勤務するように命ぜられ、これに基づいて行つた本件引率指導という労働に対し、その対価が支給されないことを不服とするものであつて、これを不支給とする勤務条件の改善を求め、この申立てを認めない本件判定の取消を請求しているものと解されるところである。そこで法令上原告に対しそのような対価が支給されるべきものであるか否かにつき、以下検討を進める。

2  原告が愛知県教育委員会から愛知県立高等学校の教諭に任命された教員であることは当事者間に争いがないから、原告被告双方の主張に即して、公立の高等学校の教員としての身分、給与その他勤務条件に関して、原告に適用されるべき法律、条例について概観すると次のとおりである。

(一)  学校教育法に定められた学校の教員に対して適用される教育公務員特例法三条によれば、原告は、地方公務員としての身分を有しているものであり、かつまた、地方公共団体における教育機関の職員の身分取扱いその他について定めた地方教育行政の組織及び運営に関する法律の適用をも受けるものであるところ、同法三五条によれば「その任免、給与、懲戒、服務その他身分取扱に関する事項は、この法律及び他の法律に特別の定めがある場合を除き、地方公務員法の定めるところによる」とされている。そして地公法二四条は職員の給与、勤務時間その他の勤務条件の根本基準を定めるとともに、その六項において、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める」ものとし、更に、同法二五条一項は、「職員の給与は、前条第六項の規定による給与に関する条例に基いて支給されなければならず、又、これに基かずには、いかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならない」としている。また、地公法二四条六項に基づき制定された給与条例は、その二条において給与の種類を、「給料、扶養手当、調整手当、・・中略・・時間外勤務手当、・・中略・・休日勤務手当、・・後略・・」等の各種手当と定め、給料は、「勤務時間条例第三条に規定する勤務時間(以下「正規の勤務時間」という。)による勤務に対して」支給され(給与条例三条)、時間外勤務手当は、「正規の勤務時間以外の時間に勤務することを命ぜられた職員に対して、その正規の勤務時間以外の時間に勤務した全時間について」(同一五条一項)、その額は「勤務一時間につき、第二八条に規定する勤務一時間当たりの給与額(カッコ内省略)に百分の百三十(その勤務が午後十時から翌日の午前五時までの間である場合は、百分の百五十)を乗じて得た額」が支給され(同条二項)、また、休日勤務手当は、「休日において、正規の勤務時間中に勤務することを命ぜられた職員に対して、その正規の勤務時間中に勤務した全時間について」(同一八条一項)、その額は「勤務一時間につき、第二八条に規定する勤務一時間当たりの給与額に百分の百三十を乗じて得た額」が支給される(同条二項)が、「勤務時間条例第八条第二項の規定により休日勤務を命ぜられた勤務時間に相当する時間を、他の日に勤務させないこととされた職員の、その休日の勤務に対しては、休日勤務手当を支給しない。」(同三項)旨定めている。

(二)  しかるところ、国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与その他の勤務条件については、その特例を定めた給特法が、同じく地方公務員である教育職員の給与その他の勤務条件については地公法二四条六項、地教行法四二条、給特法八条及び一一条に基づき特例を定めた給特条例が存するところ(なお、原告は国立の義務教育諸学校等の教育職員ではなく公立のそれであるから、差し当たり給特法の適用は問題とならないので、以下特に必要のない限り給特条例を主に論ずることとする。)、給特法はその一〇条において、地方公務員である教育職員についても、労働基準法三三条三項の休日及び時間外の勤務を命ずることができるとしたうえ、それまでこれら職員に適用されていた労基法三七条の時間外、休日及び深夜勤務による割増賃金に関する規定の適用を排除し、給特条例三条も、「義務教育諸学校等の教育職員(但し、校長等一定以上の等級、号俸にあるものは除かれている。以下「教職員」という。)には、その者の給料月額の百分の四に相当する額の教職調整額を支給する。」(同条一項)、「教職調整額の支給に関し必要な事項は、人事委員会規則で定める。」(同二項)、「教職員については、給与条例十五条及び十八条の規定は、適用しない。」(同三項)旨を定めており、右給特法一〇条、給特条例三条の規定文言による限り、教職員が正規の勤務時間以外あるいは休日において、正規の勤務時間中に勤務を命ぜられて勤務した場合は、それがいかに長時間あるいは連日に亘るなど無定量、無制限に及んだとしても、時間外勤務手当あるいは休日勤務手当の支給は受けられないことになるように解されるところである。

(三)  しかしながら、一方において、給特法七条は、国立の教職員を正規の勤務時間を超えあるいは休日勤務手当が支給されるべき日に勤務させる場合については、「文部大臣が人事院と協議して定める場合に限るものとする。この場合においては、教職員の健康と福祉を害することにならないよう勤務の実情について充分な配慮がなされなければならない。」旨規定し、これを受けて、文部大臣は教育職員に対し時間外勤務を命ずる場合に関する規程(昭和四六年七月五日文部省訓令第二十八号)を定めて後記給特条例七条と同一の規定を置き、また給特条例も、三条に続いて同七条において、「正規の勤務時間の割振りを適正に行い原則として時間外勤務(正規の勤務時間をこえる勤務をいい、勤務時間条例第八条第三項に規定する日における正規の勤務時間中の勤務を含むものとする。)は、命じないもの」とし(同条一項)、「教職員に対す時間外勤務を命ずる場合は、次に掲げる業務に従事する場合で臨時又は緊急にやむを得ない必要があるときに限るものとする。」(同二項)旨を定め、命ずることのできる業務として「生徒の実習に関する業務、学校行事に関する業務、教職員会議に関する業務、非常災害等やむを得ない場合に必要な業務」の四業務を具体的に特定して掲げ、時間外勤務(なお、ここでいう時間外勤務とは右一項カッコ書きの文言等から休日勤務を含むと解される。以下同じ。)を命ずることに対して一定の制約を課しているところであることからすると、右給特法、給特条例七条に反して無定量、無制限に時間外勤務が命ぜられるようなことは、もともと給特条例の予定しないところであるから、仮に、右条項所定の要件を充たしていないのに時間外勤務命令が発せられた場合、それは同条に違反する違法なものと解さざるを得ない。とすれば、このような違法な命令が発せられ、教職員において現実に時間外勤務に従事した場合、当該命令を無効とみるのかそれとも瑕疵はあるけれども有効とみるべきかはともかくとして、当該命令に従つて現実に労働に従事した教職員が給与(賃金)その他当該労働に対する対価として何らかの請求権を取得するのか否かについては、前記給特法一〇条、給特条例三条の規定文言に拘らず更に検討を要するところといわねばならない。

(四)  そこで、給特法、給特条例が教職調整額の支給により教職員に対する時間外勤務手当、休日勤務手当を支給しないものとする一方、このような制約を設けた趣旨について、給特法の立法過程における国会討議(当裁判所に顕著な文教委員会における議録)などから窺い知ることができる給特法三条(教職調整額の支給と時間外勤務手当の規定の排除)制定の経緯、給特法、給特条例の施行に伴つて制定、追加された特殊勤務手当に関する人事院規則九―三〇、教員特殊業務手当に関する人事委員会規則三九条及びこれら手当の運用についての通知等を彼此対照して、更に考察することとする。

(1) 給特法の立法趣旨が、教職員の職務と勤務態様の特殊性に基づき、給与その他の勤務条件等を勤務の実態に適したものとするとともに、併せて教職員の待遇の改善を図ることにあつたことは疑いのないところであるが、これを更に敷衍して考えると、給特法給特条例が立案された趣旨を次のように理解することができる。

即ち、教育が、教師と児童生徒との間の直接の人格的接触を通じて、児童生徒たちの人格の発展と完成を図るという本質的要請をもつものであることから、教師の仕事は、その重要性とともに時間とか目に見える結果などによつては計測できないという性質に加えて、教育という重要な職務に携わる教師としての自発性、創造性に基づき遂行されねばならない部分が少なくないこと、勤務の形態も、夏休みその他の長期学校外における研修期間の存在など、一般職員に比べて極めて特殊な勤務形態が認められていること、また、職務の内容も勤務時間中の授業活動のように教師の本来の職務であることの明らかなもののほかに、自宅におけるテスト等の採点、教材の検討、準備などといつた仕事の内容自体は教師本来の職務の遂行であることは比較的はつきりしているものの、時間管理のむずかしさという点で特殊性のあるものから、職員会議、各種教育研修会への出席等の本来の職務に付随する業務と認められるべきもの、あるいは一般に学校で行われているクラブ活動の指導、校外補導などのように本来の職務か否か必ずしもはつきりしないもの、あるいは又、PTA活動、生徒、父母からの相談等に応対する行為などのように、広義では教育活動とはいえるものの、これを直ちに業務ないし職務行為とはいい難いものまで千差万別であること、これに対応して、職務の遂行にあたり、教師の自覚、自発的意思あるいは自由な意思によることにより多くを期待されているものから、教師の自覚、自発的意思によることが望ましいことにかわりはないが、そのような自発的、自由な意思といつたものから離れて、校長等からの職務命令により義務としてなされなければならないものまで、種々異なつた性格を有するものがあり、いずれにせよ、教師の仕事は、どこからどこまでが本来の業務ないし職務であるのか、拘束されるべき時間ないし勤務なのか、あるいはそれが単に教師の自発的、自由意思に基づいて行われているのか、それとも業務ないし職務としてなされているのかを明確に割り切ることが困難であるといつた特殊性を有していること、このような教育という職務の特性に鑑み、給特法、給特条例は、教職員の職務の重要性、特殊性、勤務の実態に対し、再評価を加え、給与の上で優遇措置を講ずるとともに、これまで、正規の勤務時間外に勤務した場合の取扱いが必ずしも明確でなかつた実情を踏まえ、勤務時間の管理の面でもより実態に適した合理的なものにしようとの趣旨で、時間外勤務に関する労基法三七条、給与法、給与条例の各規定の適用を排除し、これに対する代償措置として給料の四パーセントの教職調整額を支給することにしたものと解される。

(2)  従つて、給特法、給特条例の立案者が右の代償措置を講ずることによつて、事由のいかんを問わず時間外勤務手当等を支給しないこととする意思であつたことは否定できないところであり、また、こうした経緯で制定された給与法、給与条例等の特別法である給特法、給特条例の規定を解釈するに当たつて、これら特別法の基本規定である給特法、給特条例三条の適用されない領域が当然に存在するかのような解釈態度を採ることは俄に賛成はできないけれども、翻つて、給特法、給特条例の制定によつて、前叙のような特殊性をもつた教職員の職務の内容、拘束時間ないし勤務時間に関する問題点が総て解決されたかといえば、なお、次のような疑問が残るのであつて、これらの点を合理的に解釈する必要があるというべきである。

(3) 即ち、給特法、給特条例自体が時間外勤務を命じうる場合として四項目を限定列挙する一方、前記のとおり給特法、給特条例の立法に伴つて制定、追加された教員特殊業務手当に関する人事院規則、人事委員会規則(特殊勤務手当に関する規則)が、右限定列挙項目中「学校行事に関する業務」「非常災害等やむを得ない場合に必要な業務」の二項目について特に教員特種業務手当の対象とし、また、「人事委員会が定める対外運動競技等において児童又は生徒を引率して行う指導業務で、泊を伴うもの又は勤務を要しない日、指定週休日若しくは休日に行うもの」「学校の管理下において行われる部活動(正規の教育課程としてのクラブ活動に準ずる活動をいう。)における児童又は生徒に対する指導業務で勤務を要しない日又は土曜日若しくはこれに相当する日に行うもの」といつた限定四項目以外の事項について休日、時間外の業務に従事する場合のあることを予定した規定を置き、これに対しても教職調整額の支給に加えて更に特殊業務手当を支給すべきものとしているが、教職調整額の支給によつて時間外勤務等が総て包括的に評価されていることを前提に考えると、そもそも時間外勤務を命じうる場合を右のように限定列挙する必要はなく、これはこの限定を超えての休日、時間外勤務を抑制しようとの趣旨以外には考えられない筈であるし、右四項目を限定列挙した趣旨とこの外に校長等において時間外勤務を命ずることができる場合を限定的とはいえ更に予定していることを整合的に理解することは困難である(確かに、特殊勤務手当に関する規則が、限定四項目のうち二項目について特殊業務手当を支給することとしていることは、特殊業務手当が「当該業務が心身に著しい負担を与えると人事委員会が認める程度に及ぶときに支給する」と規定していることと相まつて、むしろ、同手当を支給すべき特殊の事由に基づくものであるから、限定四項目を含めた教職員の時間外勤務等は教職調整額の支給によつて十分評価されていると解することと何ら矛盾するものではないとの反論も考えられるところであるが、そのような反論は、同規則が、教職員に対し特殊業務手当の支給要件を、単に「心身に著しい負担を与えるとき」とすることなく前記のとおり限定四項目のうちの二項目と休日、時間外に関するものとに更に限定して規定したことの趣旨に照らすと、必ずしも当たらないと考えられる。)。そのうえ、教職員の職務の特殊性、勤務の実態、内容は千差万別であつて一義的に確定することは困難であり、敢えて確定することも望ましいものでないことは前叙のとおりであるから、教職員の職務の再評価といつても果たしてどの段階まで評価したものかを確定することは容易ではないし、また、こうした総ての事情を評価し尽くしたとみるのも必らずしも相当でない。蓋し、教職調整額を支給することの趣旨は、単に職務の再評価ということのほかに教職員の教育活動に対する考慮も含めて給与等の勤務条件そのものの改善を図ることにもあつたことの意味を軽視することはできないし、一般的に、労働基準法三七条は労働者の労働条件の最低の基準を定めたとされる労働基準法の、なかでも、これに違反した使用者に対して附加金の支払いを命じ、あるいは刑罰を課すなどして強く労働者の保護を図つている重要な規定であるから、その適用を排除するに当たつては十分慎重でなければならないからである。このことは、給特法制定の過程においても、右の見地から中央労働基準審議会での審議を経、更に前叙のような教職員の職務の重要性、特殊性、教育活動の実態に対しても十分配慮検討を加えたうえで前記のとおりの時間外勤務を命じることのできる範囲等についての制限規定が設けられたものであること、また、時間外勤務等を命ずるに当たつても公務員の健康及び福祉を害しないように考慮しなければならない旨規定し、前記のとおり教員特殊業務手当の制度を設け、あるいは教職調整額の支給方法等について規定した人事院規則九―五七並びに給特条例四条、五条が、もともと時間外勤務手当等の支給を受けられない教職員に対しても、教職調整額の支給を受けることになつた教職員について教職調整額を給与に準じて取り扱うこととしたこととの均衡を図る趣旨で、それぞれの給料表月額に人事委員会規則で定める額を加えた額をもつて給料月額とする措置を講じていることからも認められる。

(五) 以上のような給特法、給特条例の立法の趣旨、経緯、文言に照らすと、給特条例三条一項所定の教職調整額の支給は、前叙のような特殊性を持つた教職員の総ての教育活動を業務ないし職務としたうえで、これに対する必要にして十分な代償措置(対価)としてなされたものと認めるには困難が伴うところである。これを給特条例に則していえば、給特条例七条を単なる訓示規定的なものと解し、これに違反した職務命令に従つて教職員が現実に教育活動に従事した場合に、そのような職務命令に従つて教職員が時間外勤務等をするに至つた経緯、従事した教育活動の内容あるいは勤務の実状等について何らの顧慮を払うことなく、教職調整額が支払われているとの理由で、時間外勤務手当等が一切支給されないと解することは、前にるる述べた給特法、給特条例の立法趣旨に必らずしも合致するものでないし、これに反して、同条所定の要件を充たさない時間外勤務等の職務命令があつた場合に、教職員がこうした職務命令に従う義務のないことは容認するにしても、更に進んで当然に時間外勤務手当等の請求ができるとすることも又前叙のとおりの給特法、給特条例の立法趣旨に反する見解であつて採用できないところである。しかして、当裁判所は、給特条例七条に限定的に列挙された事項を超えて職務命令が発せられ、教職員が当該職務に従事した場合について、給特条例三条によつて教職員の時間外勤務手当等に関する給与条例の規定の適用が当然に排除されるということはできず、そのような時間外勤務等が命ぜられるに至つた経緯、従事した職務の内容、勤務の実状等に照らして、それが当該教職員の自由意思を極めて強く拘束するような形態でなされ、しかもそのような勤務が常態化しているなど、かかる時間外勤務等の実状を放置することが同条例七条が時間外勤務等を命じ得る場合を限定列挙して制限を加えた趣旨にもとるような事情の認められる場合には、給特条例三条によつても時間外勤務手当等に関する給与条例の規定の適用は排除されないと解するものである。従つて、かかる場合に発せられた命令に従つて教職員が業務ないし職務に従事したときは、当該教職員が当該労働に対する対価として本来取得すべき給与請求権までは排除されず、このような場合に時間外勤務手当等の請求を受けた給与負担者は当該職務命令が法令に違反し無効であることを理由にその支払いを拒むことは信義公平の原則に照らし許されないものと解するのが相当である。

(六)  これに対し、被告は右のような手当その他の金員を支給することは地公法二五条一項及び地方自治法二〇四条の二の規定に違反し、許されない旨主張するけれども、右手当の支給は、給特条例三条の規定が適用されない場合のあることが認められた結果、給与に関する基本規定である給与条例によつて手当の支給が認められるというものであつて、法令上の根拠を有し、右地公法、地方自治法の規定に違反するものでないことは明らかであるから採用できない。

3  そこで、右見地に立つて、本件引率指導が休日勤務手当請求の認められる場合に当たるか否かについて判断する。

(一)  ところで、本件引率指導について、杉田校長が原告に対し、口頭あるいは書面等によつて具体的に職務命令を発したことがないことは原告もこれを認めるところであり、ただ原告は、本件引率指導を含む松蔭高校におけるクラブ活動の性格、実態その他同校におけるクラブ活動としての対外試合に対する一般的取扱い方法などから、事実上拘束力のある命令があつたものとみなすべき旨主張するので、同校におけるクラブ活動の性格、実態及び対外試合参加についての取扱い方並びに原告が本件引率指導をするに至つた経緯について検討する。

(二)  <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 愛知県教育委員会は、昭和四八年一一月一四日県立学校運営協議会から教育課程上、必修とされていない部活動(以下「部活動」という。)のあり方についての答申を受け、これをもとに部活動の適正な運営の指導及び諸施策を講じているが、右答申のなかで、部活動は社会教育活動としての性格も包合していることから、将来的には社会教育活動に移行すべきものとしながらも、現状の社会教育施設、指導者の実態等を考慮した場合、早急に社会教育活動への移行は困難であるとの認識のもとに、当面は学校という教育環境において教員の指導に期待しながら、本来の学校教育活動としての法的制約を受けずに部活動の管理運営ができる方法として次の五点をあげていること、

① 部活動の管理運営を掌るために校長を長とする教員、保護者団体等で組織する部活動運営委員会等を設置すること

② 部活動の指導者は教員以外にも広く適任者が得られるよう措置すること

③ 経費負担は、本質的には私費負担とすべきであるが、部活動指導者に相当の手当等が支給できるようにするなど、公費でも財源措置をすること

④ 指導者、生徒の傷害等に対して、本来の学校教育活動の補償に相当する補償ができるように措置すること

⑤ 指導者の責任範囲を明確にすること

(2) 更にこれを受けて、松蔭高校においては、愛知県立松蔭高等学校部活動運営委員会規約により部活動運営委員会を設置するとともに、部活動と必修クラブが同校においては、組織、機構、運営等の上で一元化されて格別に区別されていないなどの実態を考慮して、その運営等に関し、内規及び施行細則を定め、昭和五〇年六月一二日から施行していること、右内規によれば、報償費の支給の対象となる部及び指導者の決定その他同委員会の任務について(二条)、組織構成員について、校長、教頭、生徒会部長、同財政担当者、生徒会部クラブ指導担当者(文化部、運動部各一名)、事務長、事務部県費出納担当者、PTA会長を各指定し(三条)、校務運営機構上の位置付けについて、これを部活動の振興を側面的に援助するための補助的機関としての特別委員会として位置付け、部活動の運営には直接関与しないものとし、業務の執行については必要に応じて職員会議に報告しあるいは了解を得ることにしている(五条)こと、そして、クラブ活動顧問の委嘱は、例年部活動運営委員長である校長がこれを行つているのであるが、原告が昭和五九年度の将棋囲碁クラブの正顧問(チーフ顧問とも呼ばれている)に就任した経過は、ほぼ例年同様、次のとおりであつたこと、即ち、昭和五九年三月末頃の職員会議の席上で、昭和五九年度のクラブ活動顧問希望票が配布され、佐藤生徒会部長から文化部と運動部の各一箇部づつを担当して戴きたい旨(付添い、合宿等による顧問教師の負担を平等公平にする趣旨によるものである。)及び同年四月四日までに提出願いたい等の説明がなされ、原告は顧問を引き受けたくなかつたので希望票を提出しなかつたところ、同生徒会部長は、原告に対し将棋囲碁部はどうかと説得したうえ、他の教員の希望票を取り纏めて各部三名宛の顧問名を記載したクラブ顧問案を職員室掲示板に掲示したこと、同生徒会部長は同月六日の職員朝礼において各教員に対し、取り纏め役であると同時に必修クラブの指導担当者となるべきチーフ顧問を右三名の中から一人互選して、同月一〇日ころまでに届け出るように伝え、同月一二日の職員会議において、前記顧問名にチーフ顧問名を記載した書面を再度配布して変更希望等について調整し、同月一九日の職員会議に諮つたうえ、校長から同書面のとおり各顧問に対し顧問及びチーフ顧問の委嘱がなされたこと、これにより原告が昭和五九年度の将棋囲碁クラブのチーフ顧問に就任したのであるが、右一二日及び一九日の職員会議の席上で、原告が、各教員が引き受けなければいけないものとされていた運動部の顧問に就いておらずそれまで文化部とみなされていたJRC(Jun-ior Red Crossの略)の顧問となつていたことに関連して、某教員から慣行に従つていない教員がいる旨の疑義が出され、これに対し生徒会部長から同クラブを運動部に準ずる特別なクラブとみなすことにした旨の説明がなされたのを契機に、原告からは、もともと指導技能も興味もない運動クラブの顧問を引き受ける意思はない旨の発言と、続いて杉田校長に対して、クラブ活動の引率指導が土曜日の午後、日曜日に行われる場合、職務命令が出せるか否かの質問がなされ、杉田校長は、職務命令というように大上段に振りかぶつたことではなく、日本的考えかたで学校教育に必要なものと意義付けられている実態を踏まえて行つてほしい旨及び職務命令を出そうと思えば出せる場合もある旨の答えをしたこと、このように松蔭高校においては、教育課程に組み入れられている必修のクラブ活動とそうでない部活動とが不即不離の関係にあり、これまで各教員は、文化部と運動部の各一箇部について顧問に就任すべきことが暗黙の了解事項となつていて、実際問題として、これを断ることは極めて困難な状況にあつたことが認められる。もつとも、この時杉田校長が、顧問として対外試合に付添うことは教師の本務であり、従つて当然職務命令が出せると答えた旨の原告本人尋問の結果及び前顕乙第一〇号証の一四の供述部分もあるけれども前顕各証拠に対比して採用し難いところである。

(3) こうして原告が将棋囲碁クラブの正顧問となつた頃、愛知県立旭野高等学校長である愛知県高校将棋連盟会長鈴木満から松蔭高等学校長宛本件将棋大会の案内状(昭和五九年四月一〇日付)が松蔭高校に送付され、原告はこれを教頭から受け取つた。なお、松蔭高校におけるこの種の案内状の取扱い方については、あらかじめ杉田校長の承認手続き等を経ておくのか、それとも事務局から関係部に直接手渡すかどうかは、教頭が大会の規模、性格あるいは従来の慣例などに照らして判断、処理をしていたようである。右案内状を受け取つた原告は、将棋囲碁クラブの部長に参加の申し込みをさせる一方、本件大会が全国大会にも通じる権威のある重要な大会であり、併せて顧問会議も開催されるなど今後の将棋囲碁クラブの運営にとつても影響の大きい大会であること、加えて他の顧問が他の業務で多忙そうであつたことなどに対する配慮などから他の顧問に諮ることなく、正顧問である原告において引率指導することを決め、同年五月四日頃教頭に対して本件将棋大会への参加と引率指導を申し出るとともに所定の様式に従つて旅行伺いを提出した。同教頭は直ちにこれを杉田校長の決裁に上げ、同校長は、本件引率指導が休日に行われるものであることから、特殊勤務手当に関する規則三九条の教員特殊業務手当の支給とPTA会計中の指導会計から規定の旅費の支払い手続きを進めるよう事務局に指示した。杉田校長が旅費を県費から支給しなかつた理由は、本件引率指導が職務命令に基づくものではなく、あくまで校長の依頼に基づくものであるとの認識を有していたこと、旅行先が遠方で平日から休日にかかり、かつ泊を伴うような場合にのみ県費で支払うとの同校におけるこれまでの取扱いの慣例に従つたためであつた。そして、本件将棋大会の引率指導につき、原告に対し教員特殊業務手当五二〇円、PTA会計からの旅費四八〇円が支給されたことは前記のとおり当事者間に争いがないほか、原告はその後二時間の勤務時間軽減措置をうけた。

(三)  以上認定の事実によれば、将棋囲碁クラブを含め松蔭高校における部活動は、単なる社会教育活動に止どまるものではなく、実質的にも、教育課程に組み入れられた部活動に近似した性格を有するものとして、各クラブ顧問の決定その他クラブの運営事項等は、職員会議において他の教育課程に関する事項と特に区別することなく論議、決定されたうえ、同校の教員により指導運営されており、教員以外の者の関与は、PTAの資金的援助の程度にすぎなかつたこと、もとより実際の部活動は、対外試合ひとつをとつても、生徒の自主的活動に任せた方が良いものから、部顧問の引率指導を要するものまで種々のものがあつたが、引率指導を要する対外試合等の場合は、顧問の教員は引率指導を社会教育活動に自発的に参画するといつた意味合いを超えて、松蔭高校の教職員の一人として部員生徒を指導教育する立場から、当然なすべき責務と考えてこれに対処してきていたこと、ただし、本件将棋大会は部顧問の引率指導を大会参加のための必要要件とするものではなかつたこと、杉田校長は法解釈などからする建前上、こうしたクラブ活動への教職員の引率指導を教師の本務であるとまでは決して明言せず、事務処理上も前記のとおり旅行命令を出すことなく、依頼といつた形式を採つていたこと、もつとも、日ごろから、本件将棋大会のようなクラブ活動への教職員の引率指導は、これを単なる社会教育活動への参画程度のものと考えていたわけではなく、教師としての自覚に基づき積極的になされるべき教育活動の一環である旨をしばしば強調し、こうした活動に従事した教職員に対しては、PTAから旅費を支給したりあるいは勤務時間の軽減措置を講じるなどの福利を図つてきていたことが認められるのであつて、こうした事情からすると、もともと教育課程に組み入れられていないクラブ活動の指導等に関してあまり積極的でなかつた原告が、本件将棋大会への引率指導を松蔭高校教師としての職務に属し、杉田校長の決裁を得てこれを行うことをもつて、事実上の職務命令により時間外勤務に従事したものと考えたとしても無理からぬものがあり、その一方、これが給特条例七条に列挙されている時間外勤務等を命ずることのできる四項目の場合に当たらないことは明らかである。

(四) しかしながら、もともと本件引率指導は、前叙のとおり教職員の本来の職務とまではいえないものの、単なる社会教育活動と割り切ることも困難な職務であつて、しかも個々の教師の自覚と自発的、自由な意思に基づいて遂行されることが期待されるといつた事項について、教師の教育上の助言、指導をする権限をも有する杉田校長が、前記法令上の問題や、原告の自由な意思を損なわない範囲において、教育者としての自覚と自発的意思を促すのが望ましいとの考えから、形式的にはあくまで依頼するとの意思のもとになされたものであるなどの前認定の事実並びにこれまでの慣行などから右依頼に応じないと職務命令違反の責任を問われるとか、不利益な取扱いを受ける虞れがあるなどの特別の事情も認められないことに照らすと、本件引率指導が原告の自由意思を強く拘束するような形態でなされたことも、また、こうした勤務が日ごろ度々行われ常態化していて、かかる勤務の実状を放置することが、給特条例七条が時間外勤務等を命じ得る場合を限定列挙して制限を加えた趣旨にもとるような事情がある場合に該当すると認めることはできず、他にこのような特別の事情を認めるべき証拠はない。

この点に関し原告が挙げる判例は、給特法、給特条例の施行前に関する事案であつて本件に適用するのは相当でなく、原告の主張は採用できない。

4 以上によれば、本件判定が休日勤務手当請求に関し、一般の教職員については給特条例三条によつておよそあらゆる時間外勤務手当、休日勤務手当の請求が認められないとしたのは、給特法、給特条例の解釈を誤つたものといわざるを得ないけれども、杉田校長が原告に対した本件将棋大会への引率指導を命じたことについて、給特条例七条が時間外勤務等を命じ得る場合を限定列挙して制限を加えた趣旨にもとるような事情は認められず、従つて、原告のなした本件引率指導は、同条例三条の規定の適用が例外的に排除され、時間外勤務手当等の請求が認められる場合に当たらないというほかないから、これと同旨の本件判定は結論において相当というべく、原告の主張は採用できない。

(旅費の県費負担について)

県の教職員である原告に対して旅費条例が適用されるべきこと、原告が同条例により旅費の支給を受けられるのは、校長により公務のため出張を命じられた場合でなければならないこと、杉田校長が原告に対して具体的に本件将棋大会への引率指導命令を発したことがなく、旅行命令簿にこれを記載したこともないことは当事者間に争いがない。

そこで、本件将棋大会への引率指導をもつて原告主張のとおり出張命令があつたものとみなすことができるかにつき検討するに、出張命令の存否は、ことがらの性質上、引率指導等の職務命令の存在を離れて考えることはできないところ、杉田校長が原告に対し、原告主張のような職務命令を発したことを認めることができないことは前に認定したところから明らかである。従つて、その余の点につき検討を加えるまでもなく、出張命令のあつたことを前提に、県費による旅費の支給を求める権利があるとする原告の主張は失当である。

(結論)

以上判断したとおり、被告のした本件判定は適法であつて原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮本増 裁判官福田晧一 裁判官根本渉)

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